ブータンの森林保護政策

留学生に6月2日の「植林デー」の話を聞いた。

「参加したことある?」

「もちろん!小学校のときにね。楽しかったなぁ。県知事さんのお話を聞いたあと学校に戻って、木の植え方の説明を聞くの。みんな自分の苗木をもらえて学校の近くの禿山に行ってその木を植えてね、そうしたら毎日自分の木に水をやって大切に育てるのよ。」

「大きくなった木はもらえるの?」

「しばらくは毎日水をあげるけど、ちゃんと自分の力で育つようになる頃には卒業しちゃうし、忘れちゃうわね。」

「何が楽しかった?」

「ご褒美のジュース!」 

(ほとんどピクニック??)

「村の人たちもどこかに苗木を植えることになっているの。そうだ、今度行ったらあなたも苗木をもらって植えてみたら?」

(外国人もジュースもらえるかな・・???)

・・・・・・・・

ブータンでは木を切るのに(たとえ自分の敷地内に生えていても)政府の許可が必要。

で、その許可はやっぱり必要なんだけれど、最近、管理がゆるやかになってきたそうだ。

というのも、ずっとずっと昔から、村には、ミスップ(火の責任者)、 チュスップ(水の責任者)、 ツェルスップ(森の責任者)っていうのがいて、ローテーションでかわるのだけれど、その人たちが、ちゃんと共同体の人が平等に火や水や森を利用できているか見ていたんだそうです。 ルール違反の人がいたら罰金を払ったり。その罰金もお寺の改修に使ったり。ときどき問題があっても村の中でみんなで責任を持ってやっていた。

それが、森林保護政策ってことで、森林局のお役人の力がとっても強くなって、村の人は、自分たちでやらなくていいんだなぁ・・・というふうになってしまったらしい。

なので、政府が、やっぱり村は昔からの自主的な方法でやるのがいいってことで、大きいところは管理するけれど、なるべく村にまかせるように方針を変えたんだそうです。

そういうバランス感覚って、あんまり外国人には見えてこないけど、ブータン政府のブータン人らしいところでいいな、と思ったのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブータン国民97%が幸福

国勢調査で97%の国民が幸福であると答えた、というのは有名な話。

この数値は「幸福の国ブータン」を語るとき、よく引用される。

現地にすむ日本人の話では、実際の調査のときに、1. very happy 2. happy 3. not happy のどれかを聞かれたそうだ。

私は、ずっと疑問に思っていた。

happy ということ、これはブータンの村の人たちには当然ブータン語で質問されているはず。何て言っているのだろう。

国勢調査を担当した留学生に聞いてみた。

だいたいこんなかんじね、と再現してくれた。

「ナメサメ ガトト ユガ、  ハラムチ ガトト ユガ、  セム ミガエ ガ」 

ナメサメ = すご~く 

ハラムチ = まあまあ、だいたい。どちらかといえば肯定的。

ガトト ユ +ガ(疑問) ・・これが、ハッピーですか、に該当するのだろうけれど、この言葉の感じは、気持ちよく暮らしているっていうニュアンスじゃないかな。割と決まり文句で、達者でやってるかい、みたいなときにも言うし。

セム ミガエ は、 気持ちが晴れないとき、嫌な感じのとき。納得できないようなとき、の感じ。

「幸せ」とか「幸福」とかいう言葉は、観念的、頭で考えた言葉だけれど、ブータン語での質問は、もっと日常的で、感覚的で、身体的な言葉だ。

ちなみに、そういう質問に対しての答えを日本語にするとこんなかんじ。

「よくはないですよ。身内が先月亡くなりましたからね。人が亡くなるってことは本当に辛いことですね。」

「もし、そういうことがなかったら、どうですか」

「それがなければ、気持ちよく暮らしてますよ。」

(短期的理由により幸福ではないという答えは排除されるため、この場合、ハッピーにカウントされる。)

日本の雑誌で、「97%が幸福というブータン国民」 と引用されるとき、別の意図が加わってしまうのだけれど、実際のやりとりを聞いてみると、とってものどかで、確かに多くのブータンの人は(ブータン的なニュアンスで)幸せって思っているのかも知れないな、と思った。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

3月14日はブータンへ電話の日

3年連用日記をつけています。

よく、マメだねぇ・・と言われるのですが、ふつうの日記なら続かないのだけれど、これが、ハマルんだなぁ・

だんだん、一行でも書かないと落ち着かなくなる。大したことは書いていなくて、お昼に何を食べたとか、何の花が咲いたとか、友達がメールくれたとか、ふつうのこと。それが1年たってみると、立派な出来事になっているからふしぎ。

もっと不思議なのは、去年も同じことしている!ってことがよくある。

昨日、とっても急に「来月ブータンに雑誌の取材に行きたいんです」という相談を受けた。

一ヶ月もない。しかも、ピークシーズンの4月。けっこうな緊急事態。

で、一番心配なのはドゥルックエアーの席。

メールなんかでのんびりやってる場合じゃないので、ブータンに電話した。

電話をすると、大事さ加減が分かってくれて、すぐにアクションを起こしてくれる。

なんとか空席アリ。

うまくいきますように。

で、今日も日記を書こうとして、ページの上の部分、つまり去年の3月14日を見てみると、毎日放送から「4月に取材に行きたいのですが」という相談があって、ブータンに電話して、席があってよかった・・ と書いている。

おんなじことしてるんだなぁ。

去年の自分と繋がれて、点のように心細い自分が安心している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

民主主義ってなに?

たわいもないブータンの友人からのメールに笑ってしまった。

2つの政党ができて、一生懸命選挙のキャンペーンをしているのだけれど、教育を受けていない人も、教育を受けている人も、(学校の先生である自分も)、ホントのところ、民主主義っていう意味があまりよくわからない人がとても多い。だいたい、王様は誰も望んでいないのにどうしてそんなことされるのだろう。

というのが、彼女の正直な観察。

「でも」 という。

上院選挙のときには、外国人の選挙監査委員が「他の国には見られないほど、公平で平和的な選挙だった」と驚いていた。 それから、今月の24日の総選挙でも、2つの政党のうち、どちらもよい政策をかかげているし、どちらのリーダーも立派な人だ。

王様の民主主義は、ちゃぁんと進んでいるのだな、とほほえましく思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジャガイモを蒔いた

Pict0003 じゃがいも蒔きの季節。

父が、2日かけて耕して(これが大変な作業。私にはムリと却下された)・

今日、めでたく、蒔きました。

畑にはこだわる父が、几帳面に「さく」を切って(これも私にはムリと却下された)、足ひとつ幅に肥料を置いていきます。(これは、やらせてもらえました。)

Pict0004 種芋を切ります。ちゃんと、それぞれに芽があるのを確認。

いつも灰をつけますが、今年はミネラルの粉。

病気にならないように。

Pict0007 肥料と肥料の間に、種芋を置いてゆき(これも私がやりました!)・

父が土をかけます。(当然、やらせてもらえず・・)

Pict0008 土をかけたところ。

鍬の跡がきれい。

たしかに、私にはできない・・。

収穫が楽しみ!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

梅の香り

久しぶりにウォーキングをした。

相変わらず寒いけれど、庭にはクロッカスや福寿草が咲いて、春が始まったな、と感じる。

まだ花粉症デビューしていない私にとっては、杉山も美しい。

谷沿いの道には梅の木が植えてあって、もう少しすると、桃源郷のようになるのだ。

でも、まだ蕾が固い。

のんびり、ぼんやり、ちょっとテンポよくいつものコースを歩いてUターンしたときに、神社の脇の梅の木だけが、もう7部咲きくらいの花をつけていた。

そちらへ渡り、枝を下げて香りをかぐ。

梅の花の香り。

春を開く香り。

ほんの少し枝先を折って持ち帰った。

部屋に梅の香りが広がった。

今度はデジカメを持ってウォーキングに行こう。春の発見はひときわ楽しい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

科学博物館

講演会の日には、大雪snowと風邪で断念。そうしているうち、最終日になってしまった。

よりによって、大風typhoontyphoontyphoonで電車が心配だったけれど、上野の科学博物館のブータン展に行ってきた。

よくあるブータン紹介の展示だけでなく、さすが、科学博物館で植物や土壌の展示が充実していた。

いくつかの疑問点があり、ちょうどいらっしゃっていた実際に調査をされた先生にお話をお聞きすることができ、ついつい、半日もたっぷりと裏話なども聞かせていただいて、いろいろな意味でとてもよい勉強になった。

植物の世界は全体的なことを知る人が少なく、どうしても、専門分野の研究になってしまうので、シャクナゲならシャクナゲの専門、それ以外のことは分らない、というような具合らしい。写真の中で、シャクナゲのトムソニーの写真が、自分の中で理解していたトムソニーと違うのだけれど、これはブータンの農業省で同定しているとのことだった。ということで、少々疑問は残っているのだが。

自分にとっては、専門家でもないのに、染織やシャクナゲやいろいろなことを面白がってやっていることが、空しいことではないかと思っていたのだが、どこに行ったら何が見られるという情報を把握していることは、それなりに役に立つのだな、と思えるようになった。今回の展示用の調査でも、現地で染料植物を探す際に、私の染色レポートを参考にして下さったと聞いてお恥ずかしながらも嬉しく思った。

日本ブータン友好協会のボランティアの方たちが、来場者に民族衣装を着せてさしあげていた。とても熱心で礼儀正しいお客さんが多いそうだ。イベントはとても盛況で和やかだったscissors

風に負けずに行ってよかったですsmile

| | コメント (0) | トラックバック (0)

慣れることはいいこと? 

一週間くらい前に、ブータンからFAXが入った。

ブータンの文化庁のレターで、「一切、寺院の拝観許可書は発行しません」 ・・ 何度も読み返してみたけれど、そういう意味が書いてあるみたい。

送ってくれたのは、ブータンの旅行会社の友人。電話をかけてみた。

「どういうこと?」

「FAX読んだ? こんどのグループの拝観許可書を受け取りにいったら、かわりにこのレターを受け取ったんだ。」

「ふ~ん、何があったんだろうね。」 と、私。

「今日もらったばかりだから、詳しいことは分らないけれど、また何か分ったら連絡するよ。」

と、先方も落ち着いたもんだ。

来週は日本のグループがやってくるというのに。タクツァン僧院見学や最古のキチュラカンだって日程表に入っているのに。

政府の決定って、すごく急。で、その日から有効、っていうのが多い。でも、いったん許可を出してから、やっぱりダメになるよりはずっといい。

思い出す場面がいっぱい、いっぱい、いっぱい、ある。

で、こういうのは、どんなに驚いても、じたばたしても、あせっても、どうにもならないことをしっかり学んでしまった。

「またですかねぇ」

みたいな感じ。

そいういう、自分のリアクションに、我ながら笑ってしまった。

そして、ちゃんと、どうにかいいようになるってこと知っているのサ。(な~んてね)

蛇足:

テレビの涙ぐましいヤラセにも慣れてしまった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

サッカーという言葉 

中田英寿がブータンを旅する様子を、日本テレビで報じていた。

最初は緊張気味に遠くから見ていた子供達が、サッカーボールを自由自在にあやつるヒデと目をキラキラ輝かせて大喜び。きゃっきゃっと楽しそうだった。

子供たちがどれだけ体当たりでボールを奪おうとしても、右左後ろ、魔法のようにボールを動かすヒデの姿は、誰が見ても夢中になってしまうだろう。

サッカーという言葉、で、心が通じ合えるなんて素晴らしい。

外国語を勉強するときに、その言葉で何を語るのかが大事ということを言われるけれど、自分の中に、語れるものがあれば、つたない言葉でも、誰かの通訳でも、ちゃんと相手に通じるものがある。

ときどきブータンの旅を案内しているが、織りを日本でやっている方は、ブータンの織子さんたちと心を通わせている。「日本ではこうする」というのを通訳してさしあげると、「ブータンでもこうなのよ」と、さっきまでは見せてくれていなかったものが出されてきて、どんどん展開してしまう。これも、「織り」という言葉。

いろんな、言葉がある。

言葉を持って旅に出たい。

余談:

綺麗で薪ストーブ完備のホテルがあるフォブジカで、わざわざ電気も暖房もない宿で寒さに震えていたヒデ君、可愛そうでした。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ガイドのチップから

つい先日、ブータンに旅行された方から、トレッキングを始める前にガイドにチップのことを言われて少しとまどった話を聞いた。

たしかに、最近のブータンではチップは当然になってきている。

もともと、ブータンにも、お礼のお金を渡す習慣もある。

だからといって、その相手から切り出されるのも要求されているような、妙な感じだ。

結局、ガイドのアドバイスで、ガイド、コック、スタッフたちにいくらいくら、と決めてからトレッキングを始めたそうだ。

まあ、スタッフたちは、この人からはチップをもらえるのだろうかなどと、道中、気を揉まなくていいから、心置きなく仕事が出来たということだろうか。

たまに、こういう話を聞くと、自分の狭い人間関係の中で、何度ブータンに行っていても、ブータンのことをいかに知らないかを思い知らされる。

私の相棒たち(ガイドやスタッフたち)は、とりわけ収入の少ないスタッフたちは、現金のお礼をもらうと生活がとても助かるのだけれど、誇り高い人たちで、いただくものは遠慮なくいただくし、特に期待などしない、口になど出さない人たちだ。

それでいて、たまにトレッキングやらでお客さんと一緒にブータンに行くと、みなさんもとても気持ちのよい方たちで、少しずつ出し合ってほどよいお礼を気持ちよくしている。

何よりも、スタッフたちが嬉しそうに一生懸命働いてくれて、お客さんたちもそれを感謝して旅行を楽しみ、お互いに、なんていいスタッフたちなんだろう、なんていいお客さんなんだろう、と私に言ってくれるときには、こんないい仕事をさせていただいて、何て幸せなんだろうと思うのだ。

そういうことって、なかなかない。ない=あることが難しい=有り難い。

ありがたいな、と思った。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

«クリスマス会&カダの練習