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2007年10月

石風呂

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パロのサムデンチョリン・ホテルは、とっても小さくて、質素なホテルです。

同じ200ドルの滞在費なら、高級感のあるところに泊まらないと損なので、

ふつうの旅行会社はあまり使ってくれません。

でも、評判の良いものがあるのです!

それは、お湯にたっぷり入れる石風呂です。

「はぁ~、っ」と、極楽気分です。

「石風呂を作ろう」、ということになって、ちょっとずつ、使いやすくがんばって工夫してきました。

すのこを置いてもらって、

時計を置いてもらって(ないほうがいいけど、次の人のことが気になるから必要)、

ちょっと低いけれど、腰掛用の椅子もあります。

「かけ湯がないわぁ~」

なんていう、声もあって、その時には、「勘違いしてないですかねぇ~」と内心思わないでもなかったけれど、まぁ、そいういうのもあったほうがよいかと、きれいなお湯をバケツに汲んであったりもするのです。

お湯加減を自分で交渉できるように、絵入りの看板も作りました。

やっと文句ナシに完成したのが今年の6月。

同時に、

「隣の木に宿る神様に煙がかかります。火を炊かないで下さい」

という、村からの要請も入ってしまいました。

ガ~ン・・・・・・。

部屋の景色を遮ったりしないで、適当な場所があるんだろうか・・・・。

また建てかえるのも大変だなぁ。

9月のツアーの添乗員さんから、写真を送ってもらいました。

ビニールシートでも張った仮設の石風呂、と思いきや、しっかり移転を完了していました。

それに、大きな窓があって、パロの谷を見下ろす露天感覚です。

窓の下は急斜面になっているので、開けておいても大丈夫。

「停電用のソウソクにマッチがなかった部屋がありましたよ」、なんていうレポートは、冷や汗をかきながら聞いていましたが(まったく相変わらずブータン人だなぁ・・・)、私は、この新しい石風呂をみながら、どんなにみんな一生懸命やってくれているかを感じられて、じ~んときてしまいました。

小さなホテルなので、クチコミで、ほどよく栄えていったらいいな、と思っています。

今度は、ブータンのお料理を、食材を展示したり、説明をつけたりしながら、楽しんでもらえるようなこともしてみよう。

道の上のほうへ歩いていくと、早朝のパロ谷の景色が綺麗だそうです。

あまりムリにはおすすめしませんけれども

私はこのホテルがとても好きです。

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ドゥルックエアー様 ③

機内食の話。

肉があまり得意でないという旅仲間グループだったので、

「ベジタリアン」のミール・リクエストをした。

タイ航空の予約課に電話をすると、カチャカチャカチャっと端末に入力してくれた。 早い!

これでバンコク線はOK。

次に、ティンプーの旅行手配会社にメールをした。

徒歩20分の(たぶん車で行ったんだと思うけど)、ドゥルクエアーに行ってくれて、その日のうち返事が来た。

「バンコクでやってって言われましたよ」

(ドゥルックエアーのオンラインって繋がってないの????)

バンコクのチェックインカウンターで言うと、

「機内でスチュワーデスに言ってください」

と言われた。

まあ、予想はついていたのだけどね。

「できたら、でいいですよ」 という優しいお客さんだったので、

いつものように、ちょっと実験モード。

機内に入ると、なじみのスチュワーデスさんたち。

「ベジタリアン6名、お願いね」

と言うと、彼女たちの笑顔がひきつった。

「事前に予約してもらわないと、足りないわよ・・。」

「なければ、いいですよ」

「なるべく優先してあげるけど・・」

バンコクーカルカッタ線は、インド人のパッセンジャーも多いので、ベジタリアン食は必ず積んでいる。

あるだけのベジ食を私たちにまわしてくれた。

(大丈夫かな、インドの人たち。ちょっぴり心配。)

みんなの親切で確保したベジタリアン食だったけれど、

どこの国の料理だろう・・・ なんだか不思議な食べ物だった。

早朝フライトだけど、時間通りに飛ばないかもしれないから

ホテルで朝食のお弁当を用意してもらっている。

だから、機内ではあまり食欲もない。

「あえてベジタリアンにしなくても、オムレツのほうがいいですよ」

と自信を持って言える。

将来に向けた現実的対処方法について結論を得た。

そもそも、ミールリクエストなんて、10年早い。

その日のうちに飛んで下されば、それ以上の期待は罰当たりというもの。

ところで、ブータンの著書の多い山本けいこさんからの、おもしろい写真。

(カラーですが都合によりシロクロになってしまいました)。

83年に就航したときの、ブータン人用機内食。

正真正銘の、トウガラシばっかり!

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来年の王政100周年には、この機内食を復活させたらどうだろう。

ブータンらしさを前面に押し出した、独自の近代化のシンボルとして。

ワンフライト3食限定。

限定モノには弱い日本人には、きっとウケル!

激辛料理が好きなテレビ取材もきっと入る!

経済効果はきっと高い。

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ドゥルックエアー様②

常識的にはダメだということは知っている。

でも、半分本気で、

もっといいかげんになってもいいんじゃない?

そのほうが、人間にとって自然なんじゃない?

慣れればうまくいくんじゃない?

と思っている。

「日本人は仕事にマジメすぎるんじゃないか」

ということ。

まあ、私自身、たまに怒ってクレームすることもある。

そんなときには、「企業たるものかくあるべき」的正義感に燃えている。

それを棚に上げていうなら、

電車が1分遅れようが5分遅れようが、

そんなに車内アナウンスでお詫びしなくていいんじゃない?

停電なら電車動かなくったって仕方ないじゃん(これは困るのは困るんだけど)、

大雨の日に無理して郵便配達しなくっていいんじゃない?

お客さんに対して、そんなにペコペコしなくていいんじゃない?

と、思わないでもない。

その点、ドゥルックエアー(私は尊敬をこめてドゥルックエアー様とお呼びしている)はえらい。

この間、バンコクの、トランジットエリア内でのチェックインの場所を問い合わせた。

最初に、現地の旅行会社を通じて、ティンプーの本社に聞いた。

トランジットじゃない、ふつうのチェックインの場所を教えてくれた。

そこで、もう本社に聞くことをあきらめた。

(なんとなく目に浮かぶんですよね。知らないんだろうなぁ、って。ブータンの外務省に電話して、パスポート発給するとおいくらですか?って聞いたら、知らないって言われたこともあったし・・・)

返事はこないだろう、という確信のもと、とりあえずやることはやろうと、実験モードで、バンコクのドゥルックエアーの支店長にメールを送った。

やっぱり返事はなかった!当たり!

慣れてしまうとこれは普通。別に驚かない。

どうしても知りたければ、それなりの手はあるけれど、まあ、いいか。行けばわかるでしょう・・。

こんなに、思いっきり、「面倒な問い合わせには答えない」って勇気があったら、気持ちいいだろうなぁ。

このくらい、思い切った生き方の転換があってもいいんじゃない?

ストレスからくる鬱病撲滅間違えなし!

と心から憧れるのだけれど、悲しいかな、勇気が無い。

また、王様がちょっとジョークで言って下さったら、

国際社会がマジメに取り上げてくれないかしら?

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ヤクと馬の糞

ふと、昔の記憶がよみがえってくる瞬間がある。

先日、鶏の匂いを思い出した。

うちは、山の中の小さな集落なのだけど、

鶏をたくさん飼っている家があって、よく卵を買いにいった。

鶏の声、匂い、少しばかし糞や羽がついていることもある、

まだ生あたたかい卵を、

新聞紙に包んでくれたことまで、思い出した。

匂い、は、懐かしい。

トマトの青臭い匂い、納豆の匂い。

匂いのあるトマトや納豆が少なくなって、淋しい。

スーパーの棚の、匂いの薄い納豆の横に、

昔ながらの匂いの納豆が並んでいたら喜んで買ってしまう!

ブータンの匂いといえば、

トレッキングも最終日に近づいたとき、

お客さんどうしの会話

「糞の匂いにも慣れちゃったわねぇ」・・・

・・・・・えっ、気になっていたんですか・・・知らなかった・・・。

ブータンの山の中は、生活圏内だから、

ヤクの匂い、馬の匂い。馬は歩きながら糞を落としていく。

そういえば、日本の山には、ヤクや馬の糞はないもんね。

去年、富士山に行った。

五合目から観光用の馬たちがいた。

あ~、この匂い、う~ん、懐かしい・・・ ブータンと同じ匂いだ。

臭いものも(慣れれば)人生に深みを与えてくれる大事なエッセンス、

とは、言いすぎでしょうか。

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シャクナゲの決め手

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ブータンで一番見事なもの、

いろいろあるけど、 あの、シャクナゲの咲く峠は圧巻。

最初に行ったのがゴールデンウィークで、ドチュラ峠のシャクナゲが見事だった。

雛が最初に動くものを親だと刷り込まれるように、

私の中では、シャクナゲが刷り込まれてしまった。

いつだったか、5月にタシガンまでドライブした。

いつもなら、あきあきしてしまう、長いドライブなのだけど、

赤とピンクのシャクナゲが峠を染めて、

ときどき、レモンイエローのとてもフレッシュな花もあって、

何種類のシャクナゲかを、ドライバー君がプレゼントしてくれて、

ひたすら、ひたすら、夢心地。

いいなぁ、ブータン・・。

「今生はブータン人。来世もブータン人に生まれてくるんだ」

と、嬉しそうなガイドに、

「一人でずる~い、私も!」

と、まじめに嫉妬した。

さて、 少し知的好奇心が増してきたこのごろ(?)、

「もしシャクナゲの季節に行くなら、その花の名前を説明できるようにならなくては」

と、一念発起。

Rebecca Pradan 氏の 「Wild Rhododendrons of Bhutan」を 絶望の壁を超えて

なんとか日本語にした。

解体新書(ターヘルアナトミア)って、オランダ語が全然ダメなのに、顔の上の小高いところだから鼻だろう、、なんて、訳したって聞いたことがあるけど、その気分。

しかし、問題はそこからだった。

同じじゃん!どこが違うの!???

ブータンの、わかっているだけで46種類もあると、葉も花も、たいして変わらないものも多い。

どうやって見分けるのだ???

そこで、吉田外司夫氏の「ヒマラヤ植物大図鑑」を開いた。

シャクナゲ(ツツジ属)の説明を読むと、

「種類の同定には ・・(略)・・毛の有無とその形や密度が重要なポイントに・・  直毛のほかに、腺毛、星状毛、星状毛に柄のついた樹木状の毛、・・・」

え、そ、そんなぁ。

葉っぱの裏なんて、今まで見たことなかったし、たくさん撮ったはずのシャクナゲの写真、みんな花ばかり。これじゃ、分んないの?

だいたい、葉っぱの裏なんか、そんなに違うのかなぁ。

近所の山(公園になっている)を歩いていたら、シャクナゲの植え込みがあった。

そこで、ちょっと失礼、ちらりと葉っぱめくり。

いくつもめくっているうちに、たしかに裏が絨毯状態のものがあった。

指でこすると、ボロボロと取れる。

ルーペで見ると、おおぉ!細い糸が複雑に絡まりあって、薄くのばした綿か、何年も着ているセーターの表面のようになっているではないか!

知ってる人にとっては、今更フン!って感じなんだろうけど、私にとっては、大発見。

専門知識がない私だからこそ、同じような人たちに役立つ、ブータンシャクナゲのあんちょこができるはず!と、前向き度120%。

来年のGWには、ルーペと接写レンズを持ってブータンへ行こう!

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坂道を歩けるようになりたい

トレッキングコースのアルバムをHPに追加する作業が、やっと終わった。

何年も前のことで、懐かしい。

渋谷の道玄坂も嫌い、とにかく、上り坂が苦手。

タクツァン僧院まで上るのをあきらめたこともあった。

まあ、これは、途中で降りたい人がいたので、あとはガイドにまかせて私も同行しなくてはという口実があったのだけど。

そんな私を知る人が、「あなたも行けるなら大丈夫ね」と、ブータントレッキングに出かけていった。

自分は役に立たない人間だと思っていたけれど、こんなふうに人様に自信を与えることができて、落ちこぼれなりに役割というのがちゃんとあるんだ、と思った。

アルバムを作っていたら、苦しいことは忘れているので、また歩きたくなってきた。

昨日、人生と山登りの大先輩のK氏に会ったら、「心肺機能を高めればいいんですよ」と教えてくれた。

上り坂が苦手なのは、筋肉がなくて足が上がらないというより、心臓が足まで血液をしっかり送れていないのだそうだ。

20分かかる坂道を、徐々に15分で上れるようにするとか、駅ではエスカレーターを使わないで階段を上るとか、できることはいくらでもある、と教えてくれた。

そろそろ、「坂道は苦手」という、自分の甘えを卒業してみたくなった。

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山の上の水道

、「GNH、ちょっと違うんじゃない」というのを思い切って書いてしまったら、そんな自分の気持ちがちっぽけなものに見えてきました。

今度は、「GNHはおかしい」という(これも極めて表面的で意味の無い)論議に入ってしまったら、それもマズイです。

「公平に」「冷静に」見なくては・・・。

ブータンの、とくに田舎や山奥に入っていくと、純粋にGNHを感じることがあります。

たとえば、「水道」。

ジョモラリベースキャンプの近くに、数件の家があるのですが、ここにもちゃんと水道があります。

水道といっても、どこかの水源から水を引いてきて、蛇口からずっと流れ放しです。

そういう水道が、家のすぐ前か、2~3軒の家で共同使用しているので、それほど遠いところではなく、ちゃんとあるのです。

よく、丘の高いところに家がありますが、私が経験した限りでは、家の近くに水源があるようです。

ハの農家に滞在したときには、自動車道路から1時間近く上った丘の上でした。

家のすぐ近くに水道があって、家の中の大きな甕に水を溜めておきます。

日本人のようにたくさん水を使わないので(ブータンのホテルに泊まるとき、いつも胸の痛む思いをします)、この甕の水で十分です。

私がなんとなく経験している、この「水」政策を、ちゃんと記録で調べて、現場で仕事をした人や、ブータンの長老さんたちにもお話を聞いて、ブータン政府のこまやかな政策、GNHの実例として、発信しなくては、と思いました。

部外者の概念的な理想論ではなく、今の私のなんとなくの知識ではなく、公平でこまやかなGNHの具体例を(マスコミにはできない部分でしょうから)、ヤクランドとして目指したいと思うこのごろです。

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ルナナは心の宝物

4004 1日かがりで、ルナナ・スノーマン・トレッキングのアルバムを、ホームページにアップロードしました。

記憶もあいまいで、場所の名前も覚えていなくて、あらためて日記を読み返しながら。

写真だけ見ていると、楽しそう。

でも、毎日、寒い、熱がでた、雨は辛い、坂道が長かった、と、大変だったらしい。

絶対忘れないぞ!と思って、その思いを日記に書いたのに、すっかり感覚は忘れている。

身体が大変なことは、身体をだましながらでもやっておくと、後からよかったって思うらしい。

引退ムードだった気持ちも、「しんど~、もう、ダメ~」と言いながら、もうちょとトレッキングをしてみようか、と、ちょっと前向きになってきた。

一番よかったことは、健脚トレッカーでも成功率が低い(天候など)このコースを、歩けない私が歩いてしまった、という自信。

ラッキーだっただけ。でも、自分の足で歩いたことは確か。

何かをするとき「ムリ」と心の声が聞こえてきたら、「前例があります!」と反論する材料となりましょう。

もう一つよかったことは、ルナナに「秘境スペシャル」を期待していったら、麦畑もあるし大根やジャガイモも育つ、それにチーズやバターを供給してくれるヤクがいて、ふつうのブータンの村だったこと。

私たちが、「トレッキング」と称して、装備を固めて歩く道は、ルナナの人にとっては、日常の道だったこと。

ブータンに滞在していたころだったので、お客さん扱いでなく、一緒にヤク小屋に泊まったり、同じご飯を食べたりして、ブータンの人の仲間に入れてもらったこと。

私の、心の財産。

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万博のお釈迦さま

ブータンの人は場の空気を読むのが上手。

大家族で育ったから、皮膚感覚が発達しているのだろう。

初対面での相手には、堂々としていて、思いやりがあって、いつも好印象を与えてくれる。

それに、柔軟性もある。

さすが!と感心したのは、愛知万博のブータンパビリオン。

ご本尊は、釈迦如来。

ブータンの代表選手は、やっぱり「グル・パドマサンバヴァ」でしょう。

でも、こういう場所には、「分りやすい」ことが一番大事。

お釈迦さまなら、「日本人と同じ仏教徒」と、親しみを持ってもらいやすい。

自分を主張しても意味のないところでは、しない。

もっとすごい、と思ったのは、

次から次へと押し寄せる人が、

帽子をかぶったままお釈迦様を眺めていても、

気にしないことだった。

ブータンだったらありえない。

まるで、畳の部屋に靴のままあがられたような違和感を、

私でさえも感じてしまうのに。

それでも、早朝、お客さんが来る前に、こっそりお供えをして、

自分たちだけではお祈りしているところが、

やっぱりブータン人だった。

GNHという「分りやすいもの」が多くの人の共感を得ているときに、

ブータンの人たちは、本当は何を思っているのだろうと、

気になるのは私だけでしょうか?

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日本人は幸せ

ブータン人はどんな風に感じるのだろう、と思う。

観光客が、

「ブータンはいい国ですね」

とか、

「ブータンの人は幸せですね」

と、目を輝かせて話しているときに。

親友のカルマ(仮名)がブータンからやってきた。

一緒にフリーマーケットに行った。

新品もでているし、安いし、家族みんなのお土産を夢中で買い込んでいた。

綺麗なタオルセットはお坊さんに。

小さな甥や姪たちには、おもちゃ、ぬいぐるみ、かわいいビーズのバッグなど。

ため息まじりに、カルマは言った。

「日本人は幸せです。おもちゃがたくさんあるのだから。ブータンは貧しい。」

何度も日本に来て、日本のことはよく知っている彼女だけれど、

やっぱり日本の生活のことは何も知らない。

短い滞在では、自分でお金を払うこともあまりない。

毎日歓迎されて、有り余るモノを見て、そんな彼女の目には、

「日本はいい国。日本人は幸せ。」

と映るのもムリはない。

長い付き合いでなかったら、親友でなかったら、

私だって笑いながら

「そうでもないのよ~、大変なんだから」

なんて言って、聞き流したかもしれなかった。

でも、そうするのも悲しくて、

テレビで報じられるニュースを丁寧に訳して説明したり、

リストラで自殺するお父さんや、鍵っ子の話をしたりした。

ちょっと意地悪だったかな。

カルマは目を丸くして

「ブータンは家族はいつも一緒」

と言った。

損な役だったけど、前より仲良くなれた気がした。

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ドゥルックエアー様 ①

ドジばっかりしている私にとって、日本で暮らすのは肩身が狭い。

だから、ブータンとおつきあいしていると、(心に余裕があれば)、嬉しく思うことも多い。

たとえば、ドゥルックエアー。

私は尊敬をこめて、「ドゥルックエアー様」とお呼びしている。

ドゥルックエアー様は立派なホームページをもっている。

最初のころは、フライトスケジュールといえば、どこかのローカル鉄道みたいに、全部の一覧表が、ページの上から下まで、スクロールしながら見られたものだった。

1、2年前頃からか、「検索」システムになった。

曜日を入れて、フライトスケジュールを調べるっていう方式。

こういうのって、路線図が放射状に伸びているような飛行機会社がやるんじゃないの・・。

一覧表のほうが分りやすいのになぁ。

かっこいいと思うのかなあ。

こんな、実用性のないもの、誰が考えたんだろう。まったく・・・。

などと、思ってはいけない。近代化とはそういうものなのだ。前進あるのみ。

ドゥルックエアーの予約というのは、ティンプーの旅行会社がやってくれる。

ツアーの出発が近づいて、発着の時間が変わっていないかなと、慎重な私はホームページでチェックすることにした。

自分たちの乗る曜日を入れて、「検索」!

「no operation(飛んでません)」

何だって!!!!

あわててブータンの旅行会社に電話をかけて、確かめに行ってもらった。

30分後、メールが入った。

「心配しないで下さい。予定通りです。ドゥルックエアーがホームページのデータを更新し忘れていただけです。」

ブータンではふつうなんだけど、ドゥルックエアー様みたいな、外国相手の会社でも、やっぱりふつうなんだなぁ。

そういうブータンは、(手のうちが読めるときには)、結構私は好きである。

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王様の耳はロバの耳、のきもち

精神的豊かさを雄弁に語るブータン人と、真剣に目を輝かせながら聞き入る日本人という、とあるシンポジウムで、共感できずに心淋しい気持ちがしていた。

そして、そんな思いを抱いている私は間違っている、と自分で決め付けていた。

なぜなら、王様のGNH思想はとても素晴らしいと思うのだけれど、他の場面でGNHが語られるのは、どこか現実にそぐわない、理想だけが一人歩きしている、そんな気がしていたからだ。

その「言ってはいけない自分の思い」に苦しんでいたある日、ブータンの大先輩と話をしている中で、ふと彼女が私が考えていることを同じことを言った。

「そ~ですよね!!」・・・救いだった。

また別のある日、ブータン研究の一人者の著書を読んでいて、やはり、GNHが一人歩きしている危惧を書いていた。

また別のある日、ブータンで働いている人が、同じことを言った。彼は私と同じように、「大きな声では言えない」と一人悩んでいたようだった。

そして最近は、「またGNHかぁ、って思っちゃいますよねぇ」などと、ブータン滞在者OBの集まりで、何のためらいもなく言えてしまえるようになった。

よかった、ノイローゼになる前に解放されて。

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私は華麗な高山植物だった

「トレッキングのアルバムをHPに載せよう」

「トレッキングのアルバムをHPに載せなくちゃ」

「トレッキングのアルバム  ・・ 」 は、マントラのように頭の中で繰り返されながら、早○○年。

そして、今、やっと立ち向かっている。

愕然!!!!

あ~、自分の写真なんて見たくない・・・。この、穢れのない表情、可憐な高山植物のよう(半分本気)。

そうして、jpegで圧縮して微妙にボカシたりしてしまうのだ。

高山植物といえば、その頃は「名も無い綺麗な花」としか認識していなかった。

それでも数多く撮っていると、中には、「写真集でも出せそう」なものもある。

ドゥル温泉の途中の峠なんて、まだ日本に紹介していない。やるべきこと、やってないなぁ。(自戒)

今では、ちゃんと名前はあることを知っている。ナントカナントカ、え~っと、ベル型シャクナテは、ツツジ科ツツジ目ロードデンドロン・キンアバリヌムetc.

9107 1991年から1993年にかけて、とくに1993年の帰国直前は、ほとんど山の中にいた。

願わくば、3ケ月くらい、またブータンに入り浸って、この道、全部歩き直したい!

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