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万博のお釈迦さま

ブータンの人は場の空気を読むのが上手。

大家族で育ったから、皮膚感覚が発達しているのだろう。

初対面での相手には、堂々としていて、思いやりがあって、いつも好印象を与えてくれる。

それに、柔軟性もある。

さすが!と感心したのは、愛知万博のブータンパビリオン。

ご本尊は、釈迦如来。

ブータンの代表選手は、やっぱり「グル・パドマサンバヴァ」でしょう。

でも、こういう場所には、「分りやすい」ことが一番大事。

お釈迦さまなら、「日本人と同じ仏教徒」と、親しみを持ってもらいやすい。

自分を主張しても意味のないところでは、しない。

もっとすごい、と思ったのは、

次から次へと押し寄せる人が、

帽子をかぶったままお釈迦様を眺めていても、

気にしないことだった。

ブータンだったらありえない。

まるで、畳の部屋に靴のままあがられたような違和感を、

私でさえも感じてしまうのに。

それでも、早朝、お客さんが来る前に、こっそりお供えをして、

自分たちだけではお祈りしているところが、

やっぱりブータン人だった。

GNHという「分りやすいもの」が多くの人の共感を得ているときに、

ブータンの人たちは、本当は何を思っているのだろうと、

気になるのは私だけでしょうか?

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コメント

ヤク様
 帽子ならまだ可愛いほうでした。
私がボランティア説明員として立っていた32日間には様々な不作法者が来ました。
 お釈迦様にお尻を向けてVサインで写真撮影があまりに多いので、「お尻を向けるのはいかがなものかと・・・身体を斜めにして下さると・・・」と注意しましたら、若者は「ごめんなさい!」「エッ、知らなかったすいません!」が大多数だったのですが、なぜか中高年組が「どうして?」、「エッ、これお釈迦様なの?」、「入場料払ってるんだから注意(指図)するなんて失礼だ!」etc. etc.
中にはナムゲカンザン(お堂)に腰掛ける人まで現れました。
 
 ブータンのスタッフが毎朝丁寧にお水を入れ替え、供物を捧げ、香をたき祈っているのを毎朝見ていましたから、本当に日本人の行動が情けなかったです。
 初めてブータンへ行った1980年代に「日本人は仏教徒だからどうぞ」と寺院拝観できたことが何度かありましたが、その時に「欧米人は博物館の彫刻でも見るような態度だが、日本人は違うから」とブータンの人々が思っていてくれたのは、いったいどこへ・・・・

投稿 姥桜maruto | 2007年10月 7日 (日) 18時55分

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