ヤクの独り言

3月14日はブータンへ電話の日

3年連用日記をつけています。

よく、マメだねぇ・・と言われるのですが、ふつうの日記なら続かないのだけれど、これが、ハマルんだなぁ・

だんだん、一行でも書かないと落ち着かなくなる。大したことは書いていなくて、お昼に何を食べたとか、何の花が咲いたとか、友達がメールくれたとか、ふつうのこと。それが1年たってみると、立派な出来事になっているからふしぎ。

もっと不思議なのは、去年も同じことしている!ってことがよくある。

昨日、とっても急に「来月ブータンに雑誌の取材に行きたいんです」という相談を受けた。

一ヶ月もない。しかも、ピークシーズンの4月。けっこうな緊急事態。

で、一番心配なのはドゥルックエアーの席。

メールなんかでのんびりやってる場合じゃないので、ブータンに電話した。

電話をすると、大事さ加減が分かってくれて、すぐにアクションを起こしてくれる。

なんとか空席アリ。

うまくいきますように。

で、今日も日記を書こうとして、ページの上の部分、つまり去年の3月14日を見てみると、毎日放送から「4月に取材に行きたいのですが」という相談があって、ブータンに電話して、席があってよかった・・ と書いている。

おんなじことしてるんだなぁ。

去年の自分と繋がれて、点のように心細い自分が安心している。

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科学博物館

講演会の日には、大雪snowと風邪で断念。そうしているうち、最終日になってしまった。

よりによって、大風typhoontyphoontyphoonで電車が心配だったけれど、上野の科学博物館のブータン展に行ってきた。

よくあるブータン紹介の展示だけでなく、さすが、科学博物館で植物や土壌の展示が充実していた。

いくつかの疑問点があり、ちょうどいらっしゃっていた実際に調査をされた先生にお話をお聞きすることができ、ついつい、半日もたっぷりと裏話なども聞かせていただいて、いろいろな意味でとてもよい勉強になった。

植物の世界は全体的なことを知る人が少なく、どうしても、専門分野の研究になってしまうので、シャクナゲならシャクナゲの専門、それ以外のことは分らない、というような具合らしい。写真の中で、シャクナゲのトムソニーの写真が、自分の中で理解していたトムソニーと違うのだけれど、これはブータンの農業省で同定しているとのことだった。ということで、少々疑問は残っているのだが。

自分にとっては、専門家でもないのに、染織やシャクナゲやいろいろなことを面白がってやっていることが、空しいことではないかと思っていたのだが、どこに行ったら何が見られるという情報を把握していることは、それなりに役に立つのだな、と思えるようになった。今回の展示用の調査でも、現地で染料植物を探す際に、私の染色レポートを参考にして下さったと聞いてお恥ずかしながらも嬉しく思った。

日本ブータン友好協会のボランティアの方たちが、来場者に民族衣装を着せてさしあげていた。とても熱心で礼儀正しいお客さんが多いそうだ。イベントはとても盛況で和やかだったscissors

風に負けずに行ってよかったですsmile

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慣れることはいいこと? 

一週間くらい前に、ブータンからFAXが入った。

ブータンの文化庁のレターで、「一切、寺院の拝観許可書は発行しません」 ・・ 何度も読み返してみたけれど、そういう意味が書いてあるみたい。

送ってくれたのは、ブータンの旅行会社の友人。電話をかけてみた。

「どういうこと?」

「FAX読んだ? こんどのグループの拝観許可書を受け取りにいったら、かわりにこのレターを受け取ったんだ。」

「ふ~ん、何があったんだろうね。」 と、私。

「今日もらったばかりだから、詳しいことは分らないけれど、また何か分ったら連絡するよ。」

と、先方も落ち着いたもんだ。

来週は日本のグループがやってくるというのに。タクツァン僧院見学や最古のキチュラカンだって日程表に入っているのに。

政府の決定って、すごく急。で、その日から有効、っていうのが多い。でも、いったん許可を出してから、やっぱりダメになるよりはずっといい。

思い出す場面がいっぱい、いっぱい、いっぱい、ある。

で、こういうのは、どんなに驚いても、じたばたしても、あせっても、どうにもならないことをしっかり学んでしまった。

「またですかねぇ」

みたいな感じ。

そいういう、自分のリアクションに、我ながら笑ってしまった。

そして、ちゃんと、どうにかいいようになるってこと知っているのサ。(な~んてね)

蛇足:

テレビの涙ぐましいヤラセにも慣れてしまった。

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サッカーという言葉 

中田英寿がブータンを旅する様子を、日本テレビで報じていた。

最初は緊張気味に遠くから見ていた子供達が、サッカーボールを自由自在にあやつるヒデと目をキラキラ輝かせて大喜び。きゃっきゃっと楽しそうだった。

子供たちがどれだけ体当たりでボールを奪おうとしても、右左後ろ、魔法のようにボールを動かすヒデの姿は、誰が見ても夢中になってしまうだろう。

サッカーという言葉、で、心が通じ合えるなんて素晴らしい。

外国語を勉強するときに、その言葉で何を語るのかが大事ということを言われるけれど、自分の中に、語れるものがあれば、つたない言葉でも、誰かの通訳でも、ちゃんと相手に通じるものがある。

ときどきブータンの旅を案内しているが、織りを日本でやっている方は、ブータンの織子さんたちと心を通わせている。「日本ではこうする」というのを通訳してさしあげると、「ブータンでもこうなのよ」と、さっきまでは見せてくれていなかったものが出されてきて、どんどん展開してしまう。これも、「織り」という言葉。

いろんな、言葉がある。

言葉を持って旅に出たい。

余談:

綺麗で薪ストーブ完備のホテルがあるフォブジカで、わざわざ電気も暖房もない宿で寒さに震えていたヒデ君、可愛そうでした。

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ガイドのチップから

つい先日、ブータンに旅行された方から、トレッキングを始める前にガイドにチップのことを言われて少しとまどった話を聞いた。

たしかに、最近のブータンではチップは当然になってきている。

もともと、ブータンにも、お礼のお金を渡す習慣もある。

だからといって、その相手から切り出されるのも要求されているような、妙な感じだ。

結局、ガイドのアドバイスで、ガイド、コック、スタッフたちにいくらいくら、と決めてからトレッキングを始めたそうだ。

まあ、スタッフたちは、この人からはチップをもらえるのだろうかなどと、道中、気を揉まなくていいから、心置きなく仕事が出来たということだろうか。

たまに、こういう話を聞くと、自分の狭い人間関係の中で、何度ブータンに行っていても、ブータンのことをいかに知らないかを思い知らされる。

私の相棒たち(ガイドやスタッフたち)は、とりわけ収入の少ないスタッフたちは、現金のお礼をもらうと生活がとても助かるのだけれど、誇り高い人たちで、いただくものは遠慮なくいただくし、特に期待などしない、口になど出さない人たちだ。

それでいて、たまにトレッキングやらでお客さんと一緒にブータンに行くと、みなさんもとても気持ちのよい方たちで、少しずつ出し合ってほどよいお礼を気持ちよくしている。

何よりも、スタッフたちが嬉しそうに一生懸命働いてくれて、お客さんたちもそれを感謝して旅行を楽しみ、お互いに、なんていいスタッフたちなんだろう、なんていいお客さんなんだろう、と私に言ってくれるときには、こんないい仕事をさせていただいて、何て幸せなんだろうと思うのだ。

そういうことって、なかなかない。ない=あることが難しい=有り難い。

ありがたいな、と思った。

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クリスマス会&カダの練習

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071224_3 「講演会」をしていたとき、お茶やお菓子があると、すご~くなごやかになることに気がついた。

それ以来、ヤクランドのイベントは「ブータン・ティータイム」。

12月24日は勤労福祉会館の会議室が空いている(だれも、こんな日にサークル活動はしないらしい)ので、「ブータン・ティータイム&クリスマス会」にしたのだけれど、スポンジを買ってきてつくるケーキがとてもおいしくて、今年で3年目の恒例行事となりました。

いつもは忙しい留学生も来て下さって、27人。

6月の旅の報告の後、今回のメインテーマは、「カダ」という白い布を使っての礼儀作法実習。位の高いお坊さんへのご挨拶、出世祝い、出産祝い、それからお葬式など、あらたまったときに使うもの。

ブータン人は、さらっとやってしまうので、簡単に見えるけれど、やってみると意外に難しい。みんな、それぞれ果敢にチャレンジ。留学生も、いざ人に教えるとなると、アレ、どうだったかな???と、考えてしまうこともあり、笑いのたえない午後でした。

あっという間に時間が過ぎてしまいました。

今年最後の企画に、「楽しかった」の声と笑顔が咲いて、ああ、よかったと思いました。

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21世紀 仏教への旅

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本を読んでも内容を忘れてしまうので、後から見やすい様にと最近は線を引きながら読むことにしている。すると、言葉のひとつひとつがとてもはっきりと意識できる。

五木寛之の「21世紀 仏教への旅 ブータン編」で、まず最初に思ったのは、文筆家に向かって言うことじゃないけれど、素直に言うなら「文章がうまい」。(これをもっとうまく表現する言葉を知らない自分が情けない)

言葉、表現はもちろんだが、まるでふつうの会話の中でふと思いついたことのように、ついで、ついでに、ブータンの歴史や王政や環境問題やその他いろいろと情報をさりげなく織り込んでしまっている。ブータンについての必要情報はかなり網羅しているし、あまり語られない問題点までも拾い上げているので、初めてブータンに行く人には最良の手引きになるだろうと思った。

最初のブータンの印象が、多くの日本人のように、故郷のような懐かしさであったにもかかわらず、短い滞在のうちに、実は日本とはまったく違うことを見抜いてしまうあたりは、するどいなんて言ったら失礼かも知れないけれど、ツーリストだけでなく研究者でも日本との共感をそのまま持ち帰る人が多いのは事実で、私も最初の3年くらいは盲目的にいい国だと思い込んでいて、滞在してからやっともっと多面的なところがほんの少し見えてきたものだったなぁ。。。

やられましたね、と思ったのは、ドライバーに魚釣りをするかという質問をしたら、ブッディストだからと答えられた、と、うかつな質問を恥じたというくだり。まあ、心からそういう人もいるのだろうけれど、このシテュエーションはよくあるパターン。期待された答えを質問者にプレゼント。もう一度ブータンに行って同じドライバーが釣りを楽しむ姿を見てショックを受けて、ということがもしあれば、また面白い話しを書いてもらえるかしら。

まだ読んでいないのだけれど、英語にも訳された「他力」(TARIKI)の著書の中でテーマにしている、人間が今求めているもの、目にみえないものの価値、を、このブータンの旅においてブータンの人々や仏教文化に触れて、より確信を深めていくという、いわばこの本は著者の心の旅の記録なのだということを、最後に意識したということは、私がブータンの仏教を知ることができるのではないかという方向の違う期待をもって読み始めたからだった。

質の高い紀行文を読んで、今度はあらためてブータンの仏教を日本人の感覚をなるべく排除して、きちんと学んでみたいと思った。三蔵法師や河口慧海のまねはできないから、今枝由郎氏のブータン仏教の本をもう一度真剣に読むことにしよう、という次の宿題を自分に課した。

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美しい国ブータン

Book_2 平山修一さんの「美しい国ブータン」(リヨン社、781円)を読みました。

最初、タイトルを聞いたとき、ちょうど安倍首相辞任のタイミングだったので、「平山さん、どうしたの?ブラックユーモア?」って思ったのだけれど、後で聞いたところ、編集者の方が決めたんだそうで。たしかに、タイトルで本は売れるから、インパクトが命。

ともあれ、いろんな読み方があると思うけれど、私は、平山さんという、日ごろからとてもお世話になっている方の、お父さんの話がでてきたり、大学院で勉強中、主夫をされていたり、ふだん知らない一面がとても面白かった。

ブータンが注目を浴びているこの頃、単なるブームや、語るための語りに終わらせず、自分たちの何か実際の行動を変えうるようなGNH現象を作っていけるとしたら、平山さんがそのリーダーとなっていかれるでしょう。

これからのますますのご活躍、お祈りしています。

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シャクナゲの決め手

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ブータンで一番見事なもの、

いろいろあるけど、 あの、シャクナゲの咲く峠は圧巻。

最初に行ったのがゴールデンウィークで、ドチュラ峠のシャクナゲが見事だった。

雛が最初に動くものを親だと刷り込まれるように、

私の中では、シャクナゲが刷り込まれてしまった。

いつだったか、5月にタシガンまでドライブした。

いつもなら、あきあきしてしまう、長いドライブなのだけど、

赤とピンクのシャクナゲが峠を染めて、

ときどき、レモンイエローのとてもフレッシュな花もあって、

何種類のシャクナゲかを、ドライバー君がプレゼントしてくれて、

ひたすら、ひたすら、夢心地。

いいなぁ、ブータン・・。

「今生はブータン人。来世もブータン人に生まれてくるんだ」

と、嬉しそうなガイドに、

「一人でずる~い、私も!」

と、まじめに嫉妬した。

さて、 少し知的好奇心が増してきたこのごろ(?)、

「もしシャクナゲの季節に行くなら、その花の名前を説明できるようにならなくては」

と、一念発起。

Rebecca Pradan 氏の 「Wild Rhododendrons of Bhutan」を 絶望の壁を超えて

なんとか日本語にした。

解体新書(ターヘルアナトミア)って、オランダ語が全然ダメなのに、顔の上の小高いところだから鼻だろう、、なんて、訳したって聞いたことがあるけど、その気分。

しかし、問題はそこからだった。

同じじゃん!どこが違うの!???

ブータンの、わかっているだけで46種類もあると、葉も花も、たいして変わらないものも多い。

どうやって見分けるのだ???

そこで、吉田外司夫氏の「ヒマラヤ植物大図鑑」を開いた。

シャクナゲ(ツツジ属)の説明を読むと、

「種類の同定には ・・(略)・・毛の有無とその形や密度が重要なポイントに・・  直毛のほかに、腺毛、星状毛、星状毛に柄のついた樹木状の毛、・・・」

え、そ、そんなぁ。

葉っぱの裏なんて、今まで見たことなかったし、たくさん撮ったはずのシャクナゲの写真、みんな花ばかり。これじゃ、分んないの?

だいたい、葉っぱの裏なんか、そんなに違うのかなぁ。

近所の山(公園になっている)を歩いていたら、シャクナゲの植え込みがあった。

そこで、ちょっと失礼、ちらりと葉っぱめくり。

いくつもめくっているうちに、たしかに裏が絨毯状態のものがあった。

指でこすると、ボロボロと取れる。

ルーペで見ると、おおぉ!細い糸が複雑に絡まりあって、薄くのばした綿か、何年も着ているセーターの表面のようになっているではないか!

知ってる人にとっては、今更フン!って感じなんだろうけど、私にとっては、大発見。

専門知識がない私だからこそ、同じような人たちに役立つ、ブータンシャクナゲのあんちょこができるはず!と、前向き度120%。

来年のGWには、ルーペと接写レンズを持ってブータンへ行こう!

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坂道を歩けるようになりたい

トレッキングコースのアルバムをHPに追加する作業が、やっと終わった。

何年も前のことで、懐かしい。

渋谷の道玄坂も嫌い、とにかく、上り坂が苦手。

タクツァン僧院まで上るのをあきらめたこともあった。

まあ、これは、途中で降りたい人がいたので、あとはガイドにまかせて私も同行しなくてはという口実があったのだけど。

そんな私を知る人が、「あなたも行けるなら大丈夫ね」と、ブータントレッキングに出かけていった。

自分は役に立たない人間だと思っていたけれど、こんなふうに人様に自信を与えることができて、落ちこぼれなりに役割というのがちゃんとあるんだ、と思った。

アルバムを作っていたら、苦しいことは忘れているので、また歩きたくなってきた。

昨日、人生と山登りの大先輩のK氏に会ったら、「心肺機能を高めればいいんですよ」と教えてくれた。

上り坂が苦手なのは、筋肉がなくて足が上がらないというより、心臓が足まで血液をしっかり送れていないのだそうだ。

20分かかる坂道を、徐々に15分で上れるようにするとか、駅ではエスカレーターを使わないで階段を上るとか、できることはいくらでもある、と教えてくれた。

そろそろ、「坂道は苦手」という、自分の甘えを卒業してみたくなった。

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ルナナは心の宝物

4004 1日かがりで、ルナナ・スノーマン・トレッキングのアルバムを、ホームページにアップロードしました。

記憶もあいまいで、場所の名前も覚えていなくて、あらためて日記を読み返しながら。

写真だけ見ていると、楽しそう。

でも、毎日、寒い、熱がでた、雨は辛い、坂道が長かった、と、大変だったらしい。

絶対忘れないぞ!と思って、その思いを日記に書いたのに、すっかり感覚は忘れている。

身体が大変なことは、身体をだましながらでもやっておくと、後からよかったって思うらしい。

引退ムードだった気持ちも、「しんど~、もう、ダメ~」と言いながら、もうちょとトレッキングをしてみようか、と、ちょっと前向きになってきた。

一番よかったことは、健脚トレッカーでも成功率が低い(天候など)このコースを、歩けない私が歩いてしまった、という自信。

ラッキーだっただけ。でも、自分の足で歩いたことは確か。

何かをするとき「ムリ」と心の声が聞こえてきたら、「前例があります!」と反論する材料となりましょう。

もう一つよかったことは、ルナナに「秘境スペシャル」を期待していったら、麦畑もあるし大根やジャガイモも育つ、それにチーズやバターを供給してくれるヤクがいて、ふつうのブータンの村だったこと。

私たちが、「トレッキング」と称して、装備を固めて歩く道は、ルナナの人にとっては、日常の道だったこと。

ブータンに滞在していたころだったので、お客さん扱いでなく、一緒にヤク小屋に泊まったり、同じご飯を食べたりして、ブータンの人の仲間に入れてもらったこと。

私の、心の財産。

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私は華麗な高山植物だった

「トレッキングのアルバムをHPに載せよう」

「トレッキングのアルバムをHPに載せなくちゃ」

「トレッキングのアルバム  ・・ 」 は、マントラのように頭の中で繰り返されながら、早○○年。

そして、今、やっと立ち向かっている。

愕然!!!!

あ~、自分の写真なんて見たくない・・・。この、穢れのない表情、可憐な高山植物のよう(半分本気)。

そうして、jpegで圧縮して微妙にボカシたりしてしまうのだ。

高山植物といえば、その頃は「名も無い綺麗な花」としか認識していなかった。

それでも数多く撮っていると、中には、「写真集でも出せそう」なものもある。

ドゥル温泉の途中の峠なんて、まだ日本に紹介していない。やるべきこと、やってないなぁ。(自戒)

今では、ちゃんと名前はあることを知っている。ナントカナントカ、え~っと、ベル型シャクナテは、ツツジ科ツツジ目ロードデンドロン・キンアバリヌムetc.

9107 1991年から1993年にかけて、とくに1993年の帰国直前は、ほとんど山の中にいた。

願わくば、3ケ月くらい、またブータンに入り浸って、この道、全部歩き直したい!

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